2001年4月22日 板倉-小山コンバージェンス
朝は雲がかかっていましたが寒気が入り北風の予報で期待できました。Discus 22は耐空検査の日でした。
午後1時から2時の近在の葬儀中は発航が控えられました。

コンバージェンスの雲はサーマルの雲より雲底が高い。風上に行くと雲の中腹まで上がる。
やや背風でRWY33発航。滑走路端から大荒れ。JA2845 Super Dimonaに追従が大変。田上さんの曳航(2845初日)でリタポンでみかも山6kt。板倉から日光へのコンバージェンスが形成され、赤城山と関宿方面はブルー。昨年6月4日のように日光を目指すも板倉30km地点で次第に雲底が低く6,000ftを割り、日光では5,000ftを切りそうなので引き返す。あと2回トライするも撤退。スヌーピーASW20は小山から日光へ行ったがやはり5,000ftになったそうです。

写真の20秒平均は4kt(2m/s)ですが針は10ktまでよく振り切れる日でした。
小山に延びる雲道に乗り換え「北関東高速道路」を南下。雲の下で大沈下。ホンダの機体が南下して7,500ftで筑波山へ向かう。こちらも南へ伸ばして日本自動車研究所のコースを南に望み、筑波山へ行くことを考えるも板倉の地上風が11m/sとのことで渡良瀬川上流回りで帰投。板倉近辺の地上は大荒れ。この帰り道15時頃「うーん? ウェイブ?」という上昇があったがうまく入れず。ASW24が板倉の数km東で13,000ftに夕方上がったそうなので、近くにいたウィングレット付きの機体がそうだったのかも。






















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