異説「魚心あれば水心」
| 言葉はきれいだが、意味がわかりにくいと思います。魚に水と親しむ心があれば、水もそれに応じる心を持つという意味で、相手が自分に対して好意を持てば、自分も相手に好意を持つ用意があるということです。 アナロジーとして魚が相手なら自分は水になるのでしょうか。こんなことを想像する人はそう多くはいないでしょう。 現在、日常よく使われていることわざは江戸時代に作られたものが殆んどです。 一石ニ鳥、口は災いの元、たなからぼたもち、早起きは三文の徳、犬も歩けば棒に当たる、石の上にも三年など、わかりやすいものばかりです。 作り話 昔、あるところに良く働く船頭がいた。船頭は櫓を漕いでも前に思うように進まない。船頭は手を休め、ぼんやり水面を眺めていたら、透き通るようにきれいな水の中を一匹の鯉が滑るように泳いで行った。その瞬間、彼はわかった。直観で流れの剥離がわかったのだろう。全身の力は水に伝わらない、自分は魚のように櫓を漕ぐことはできない。自分がどんなに力を込めて前に進もうとしても、小さな鯉には足元にも及ばない。 |
|
|