永遠の放浪児、青らうむが送る!トビウオの滑空、摺鉢山の蒸気、ネッタイチョウの群れ

2005年小笠原父島母島・硫黄列島、延べ80時間の船旅)

5月下旬

「う〜ん・・・」 自動電話録音装置の更新工事の予定が入ってしまった。6月中に愛車“青ラウム”を北海道に連れて行くことは無理なようだ。

7月中旬〜下旬

「へぇ、GWに折り返しで小笠原往復した人がいる。おがさわら丸がそんな運航日程組んでいるのなら3連休でも行って帰れる。」と小笠原海運のHPを見てみると、GWのみの特別運航だったようだ。と、「硫黄列島3島クルーズ」の文字が目に飛び込んできた。

「昨年Kさんが行ったやつだ。」と開いてみると、募集200名、最少催行人員60名とある。既に申し込み期間は始まっている。

今年2回目のぎっくり腰で椅子に座るのも辛いし、検査も入りそうだし、どうしようかと迷っていたが、おが丸からテクノスーパーライナーへの切り替えが遅れたためになかったはずの第3回クルーズが企画されたことがわかり、今年未だライフリストが1種も増えていないことも考えて、検査と台風でつぶれる可能性を覚悟しながら申し込んでおくことにした。

7/20電話をかけてみると「受付ナンバー66番」とのことで、既に最少人数を超えていた。さっそく週末の2324日、新小岩ルミエール商店街で日焼け止めとゾウリ、錦糸町ユニクロで薄手の長ズボンとノースリーブシャツを買ってきた。そして、15年前の時のノートや、海鳥が載っている過去の“バーダー”を引っ張り出して予習を始めた。また、国土地理院のHPから硫黄列島の地図を強引にプリントした。

行くからには気合を入れようと、“旅のしおり”の作成を開始した。15年前の小笠原の時のしおりには“旅情を誘うイメージ画像”として人魚の絵を描いたが、今回はアオツラカツオドリの顔と、アカオネッタイチョウ・シラオネッタイチョウの飛び姿を並べて描いてみた。しおりの作成は、旅行の気分を盛り上げるための大切な前戯なのだ。何日もかけてひねり出したしおりの誘い文句は以下の通り。

21世紀に入って5年目、地球温暖化はますますその度合いを深めている。富士山の永久凍土が一気に溶け始め、高山帯の動植物は存続の危機を迎え、「スキーに連れてって」という女性達もまた既に絶えて久しい。逆に、南方の生物達は風に乗って次々と日本へのアタックを繰り返している。しかし、定着するには相当の年月が必要だ。そこで、百年後には伊豆大島あたりで遊んでいるであろう“赤道小町”達に、南の国境から手を差し延べてあげようではないか。さぁ、君はどうする。「紳士的」?「速攻」?「無理」?


7/29付けで「ご参加承り書」が送られてきた。見ると「ご要望により今年も・・・クルージングを行います。」「おがさわら丸の運航が延びましたので今年も実施します。」とか書いてある。しかし、つい最近、燃料費の高騰で採算が見込めないため「小笠原海運がテクノスーパーライナーの運航を拒否、テクノスーパーライナーは就航しないまま廃船が決定。」と記事が出ていたので、来年以降も企画されそうではあるようだ(とりあえず来年3月まではおが丸運航に決まったようだ)。TSLは、きっとタコマ橋に次ぐ“我々が作った最も出来の悪い作品のひとつ”として歴史に名を残すに違いない。

8月中旬〜下旬

8/1054,000円を振り込み、会員権引換証が送られてきた。民宿の予約を入れようとしたところ鳥屋の行動は皆同じで、メグロのいる母島の12日は軒並み満室で(そもそも人口400人の島なので100人も泊まればいっぱい)、ようやく4軒目で予約をとることができた。その名もずばり“民宿めぐろ”。11日の父島も2軒目(港に最も近い定員5名の民宿)で確保、これで全行程が確定した。

そして延べ10時間以上費やした“旅のしおり”も完成した。なかなかの出来栄えだ。

11,12,13,14号と小笠原付近で次々に発生する台風の行方と、おが丸の入出港の状況を毎日チェックしながら「うまく台風をかわして日程通り運航できている」と安心していたところ、何と「証券取引等監視委員会の検査が本日(8/31)入りました。」と全社員向けのメールが送られてきた。これで盛り上げた気分が一気に盛り下がってしまった。憂鬱になり気分が沈んでしまったので、仕事帰りに飲みに行って気合を入れなおした。

9月上旬

「かわいそうに」とか「休めるんですかぁ?」などとまわりから雑音が聞こえてきたが、さすがにここまで準備して休みをキャンセルするつもりはない(前々回検査時は3日前に夏休みキャンセルした)。「敵前逃亡、軍法会議!」との声もあったが、理解の深い上司・同僚からは快くOKをいただいた。

95

なんとKさん、今年も行くげな! これで未定だった父島での半日と母島1日はレンタカーで行動することが決まった。母島では、考えていなかったアカガシラカラスバト探しができそうだ。

97

事前提出資料作成のため連日夜中まで作業を続けていたが、遂に検査官からお呼びがかかり面談に出かけた。そこで「明日から夏休みです」。むっとしたように「えっ!いつまで」「来週の水曜までです」「じゃぁ、お願いする資料を本日中にメールで送っておいてください」というわけで、事前提出資料・依頼資料を遅くまでかかって送付、引継ぎも行って休み前の仕事は完了した。

98

今日から夏休み。怖れていた仕事場からの電話はかかってこなかった。親からは台風15号発生の知らせを受けたが、沖縄方面へ進むようだ。現役九大生研部員達が沖縄・八重山に行っているが、無事鳥見はできるのだろうか。

99

いよいよ出発日、竹芝桟橋まで行くとKさんは既に到着していた。皆勤賞の3回連続参加だそうな。そこでKさん同行のs君、後輩M君の妹さん(熊本から参加)を紹介してもらった。続々と大型三脚を抱えた人たちが集まってきたが、半分ぐらいはどこかで見たことがある顔だ。この世界は思った以上に狭いなぁ。御大Yさん、Mさんもいる。そこかしこから「去年は・・・」とか「一昨年は・・・」とかいう会話が聞こえてくる。初めて参加の人の方が少なそうだ。

配布された説明書によると、クルーズ参加者は東京から135名、父島から30名とのことで、昨年よりだいぶ少ないそうだ。昨年は、一度デッキから移動したら元の場所には戻れなかったというほど人が多かったそうで、皆乗船すると順光側の左舷デッキに場所取りに走った。デッキの場所取りのために、わざわざ先に乗船できる2等指定や1等を高い料金出して申し込んだ人もいたようだ。

15年前の先代おが丸乗船の際は、他に鳥屋はひとりもいなくて全く気合が入らなかったが、今回は“ひとりだけ見損ない”が怖くて気が抜けない。

左がかの有名なKさん、右側が青らうむ氏

出港の銅鑼が打ち鳴らされ、舫綱がはずされた。ここでハプニングがあった。乗り遅れた人(鳥屋ではない)がいて、岸壁から離れ始めたおが丸に向かって大声で「待ってください! お願いします!」と連呼を始めた。埠頭側デッキに集まっていた我々は皆注目してその成り行きを見ていたが、なんと船長が接岸を決断した。デッキからは大きな拍手が起こった。(埠頭まで車を乗り入れていたが、その後あの赤い車はどうなったのだろう?)

レインボーブリッジをくぐり、東京湾へと進んでいった。ここで「出港しましたので14日まで帰って来れません」と仕事場にメールを入れておいた。Kさんは船酔い止めの薬の影響でうつらうつらし始めた(今回帰るまでずっと眠気との戦いだったとのこと)。

爆睡中のK氏

これまで鳥見のために何度も船に乗ってきたが(主に北海道航路)、明るいレンズを持っていない私は今まで船上から写真を撮った経験がない。まず、東京湾でオオミズナギドリを相手に練習をしてみたが、やはりF8-600ミリでは早いシャッターが切れず、300ミリを手持ちで写す方がよさそうだ。

オオミズナギドリ

東京湾を出るとオオミズナギドリは南に向かって飛んでいる。遠くを船と平行してアカエリヒレアシシギが一列になって飛んでいく。しかし残念ながらどれも船の近くを飛んでくれない。アホウドリ類・ウミツバメ類は時期的に期待できないらしい。

光を反射している海面をイルカが跳ねながら船と反航していく。シャッターを切りまくったが、背びれしか写らなかったようだ。トビウオも次々船の横を滑空していく。一度着水しそうになっても、尾びれを激しく振って再離水していく。戦闘機のタッチ&ゴーの訓練みたいだ。こちらはなかなかピントが合わずうまく撮れなかった。

イルカ

今年2月にようやく住民の帰島が実現した三宅島が見えてきた。船は島の西側、大野原島との間を通過していく。島の上の方を双眼鏡で見ると、立ち枯れた木々がススキの原っぱのように見える。20年前の噴火の後に訪れたことがあるが、比べ物にならないくらい大規模な立ち枯れだ。民宿新鼻荘は再開しただろうか? 山の上からは真っ白な蒸気が空高く立ち上っている。短レンズに変えて島の写真を撮った。

大野原島、

三宅島

続いて御蔵島の西側を通過した。平地のない、海から突き出したような島だ。相変わらずオオミズナギドリしか出ない状況にデッキの壁際で油断していた時、やや後方遠くに大型の鳥が2羽浮いているのに気づいた。白いのと白黒まだらのが並んでいたので、「コアホウ(ドリ)??」と叫び注意を喚起した。そのまま遠くなると思いさらに油断したその時、そいつらは海面から飛び立ち船に向かってくるではないか! すると「アオツラ(カツオドリ)!」の声。あせった私は見るか撮るか迷ってしまい、ほとんど虻蜂取らず、1枚もシャッターを切らないうちにアオツラは船の前を右舷側に流れていった。

油断が悔やまれたが、しおりに絵を描いた甲斐あってか目標のひとつを早くもゲットして気分は上々、検査のことはだんだん頭から離れていった。

御蔵島

夕暮れ、真っ赤な太陽が海に沈んでいく。一般観光客は右舷デッキに集まり夕日を飽きもせず見ている(鳥屋は逆光をさけて左舷デッキから離れない)。双眼鏡で赤い太陽を見ると左上部に大きな黒点が見えた。まだこの時点では皆船内には入らない。誰かががんばっている限り、誰も先には切り上げたくないのだ。

次第に八丈島が大きく見えてきた。薄暗くなった海面を見続けるS♀さんが「ウミツバメ!」と声を上げる。ざわざわと数人が船首のほうに移動したが双眼鏡で見えた人はもうほとんどいなかったようだ。ようやく皆船内に入り始めた。

改めて船内を歩き回ってみると、Cデッキに運航ルートの図が掲げてあるのに気付いた。今進んでいる三宅・御蔵の西側(順光側)、八丈と八丈小島の間を通るというルートは、鳥屋に配慮した特別ルートらしい。そもそも硫黄列島クルーズも鳥屋が働きかけて実現したとしか思えない企画だ。となりには天気図が張ってあったが、台風は八重山に向かっており、小笠原近辺は当面天気が続きそうな感じで期待できそうだ。

船内レストランで高い定食を食って、缶ビールを片手に展望デッキをうろついていたら、「星空観察会」と銘打ってデッキの明かりが30分間消された。食事を終えた観光客が、再びたくさん集まってきた。しかし、夜更かししている鳥屋は私だけのようだ。今夜は快晴、三日月で、天の川がよく見える。イルカ座なんて暗い星座もくっきり見えている。三日月がこんなに明るく感じられるのは初めてだ。おが丸は北極星を真後ろよりやや左に見える位置において進んでいる。北の空に向かって流れ星が4つほど飛んでいった。

缶ビール・チューハイ6本目でようやく眠くなってきた頃、三日月が海に沈んでいった。三日月が柿の種のように小さくなり、不意に海に消えた。消えた後もしばらく水平線付近が残照でほのかに明るかった。

910

5時に目が覚めた。早起きが苦手な私は、しばらく座り込んだまま頭を抱えていたが、とりあえずふらつきながらAデッキに上がってみた。すると皆さん早くも勢ぞろいで右舷デッキ前方へのゲートがあくのを待っている。なんとS♀さんは、3時からデッキへ出るドアの前で船員が鍵を開けてくれるのを待っていたとのこと。オナガミズナギドリ、シロハラミズナギドリ、アナドリが遠くをパラパラ飛んでいる。

私はまだまだコンディションが上がらないので、朝日の輝く左舷デッキで缶コーヒーを飲みながらひとりで海を眺めていた。すると表も裏も黒くてくねくねした小型の鳥が海面をなめるように飛んでいった。ヒメクロウミツバメかオーストンウミツバメだが、翼の幅も狭く以前比較的近くで見たオーストンとは思えなかったのでヒメクロとした(2種目ゲット!)。右舷側に戻ると、オオシロハラミズナギドリがいくつか遠くを飛んでいたとのこと。

だんだん気合が入ってきた。体勢を整え、右舷側に腰を下ろした。婿島列島が近づいてきて鳥の数が増えてきた。カツオドリも飛び始めた。たくさん飛んでいるミズナギドリを順番に見ていて、これまで見たことのないミズナギドリを見つけた。表が黒、裏が白、アナドリより翼長が短めでパタパタとやたらと羽ばたいている。セグロミズナギドリ(オガサワラミズナギドリ)だ。3種目ゲット! 聞いてみると何羽かいたとのこと。父島が見えてくるとカツオドリ以外何も出なくなった。

アナドリ

オナガミズナギドリ

二見港に近づくと、もうひとつの小笠原航路と言われる貨物船第二十八共勝丸が停泊していた。数人の旅客が乗船可能で、デッキから海面が近く船足が遅いので、利用する鳥屋は意外と多いらしい。Kさんも以前往復乗ったとのこと。「もう一度乗りたいですか?」と聞いてみたが、「ベッドだから快適だよ」との答え。どうもローリングするため写真が撮りにくいらしい。s君は、何度予約を入れても台風とかで日程がずれていまだに乗れないとのこと。逆に、予約はしたものの船を見て怖気づいてキャンセルした人もいたらしい。

第二十八共勝丸

父島クジラ

父島に上陸すると荷物を預け、カレーを食いに行った。鳥屋にとって父島は魅力の薄い島だ。Sさんを加えて4人でボロレンタカーを借りて島内を一周した。ゴン、ゴン、ゴンゴンゴゴゴゴゴ・・・と異音を発して走る車はいつ壊れるかと不安だった。昨年オガサワラオオコウモリやグリーンペペ(発光性キノコ)を見たという場所を教えてもらったが、エンジン音が気になって覚えられなかった。自衛隊基地でシギ・チドリ、上空に何度も現れるノスリ、1メートル以内に寄ってきたやたら尾の短いウグイスなどをのんびり写したりして半日を過ごした。グランドには地面をぴょんぴょんホッピングするメジロがいた。スズメのいない小笠原では、スズメのような餌探しをすることもあるようだ。ガソリンがリッター200円以上なのには驚いた。「このガソリンスタンドのオジサンは、島の全ての車を知っているのだろうなぁ」などと話しながらいったん荷物を取りに港に戻った。

経験者(Kさん)の意見で6時からの硫黄列島クルーズ説明会はサボり(昨年は説明が長くて客が怒り出したらしい)、買出しと(おが丸入港日のスーパーは戦場のよう。6日に一度の商品仕入れ日となるため、皆いっせいに買いに来る。鳥屋は明るいうちは船内のレストランなど行かないので、余計に今日は買出し客が多いようだ。)、早目の夕飯を食いに行った。乗船時間に港に戻ったのですぐに乗船できたが、説明会の資料をもらい損ねたのは残念。

イソヒヨドリ

オガサワラノスリ

夜はすることがないので(解説員6名による硫黄列島3島の歴史などの講義は面白くなさそうだったのでパス)買い込んだ缶ビールを次々と開けていった。5本飲んでかなりいい気分になったところでデッキに散歩に出ると、父島まではコンテナを載せていた前後のBデッキが新たに開放されていた。

Aデッキから階段を下りていくと、黒い鳥がうずくまっているのに気づいた。ここでカメラを取りに戻ればよかったのに、すでに頭の回転が止まっていたため知恵が働かず、(それに普段は野生生物を素手で触ることには抵抗があるが)すぐに捕まえて船室に持っていった。アナドリだった。ツグミと同じくらいの大きさだが、重さは数分の1しかない。ツグミの場合、ムチっとしていてセミを捕まえた時みたいに身もだえをするが、軽くてふわっとしていて全くおとなしい。顔を見ると嘴には前を向いて鼻の穴がふたつ並んでいる。以前見たフルマカモメは見た目には鼻の穴がひとつで変な顔をしていたが、アナドリはなかなかかわいらしい。

「Sさん起きて!」というと周りの人間がわっと集まってきた。皆がさんざん写真を撮った後、元のデッキに放しに行った。助け舟を出してくれた方に鳥を渡し自分でもカメラを構えたが、結局うまく撮れなかった(酔ってピント合わず)。手には海鳥特有の獣臭さが残った。

拉致されたアナドリ

911

さぁいよいよ今回の旅のメインの日、さすがに早々に目が覚めた。デッキに出てみると既に南硫黄島近くまで到着していた。おが丸は船足を落としている。明るさが増してきた時、アカアシカツオドリ(幼鳥)がおが丸を出迎えてくれた。4種目ゲット! 一応短レンズで証拠写真を撮っておいた。

アカアシカツオドリ

530頃島の1300メートル沖を周遊し始めた。直径約2キロの島の高さが900メートルもあるので、映画館で前の席に座ってスクリーンを見上げているような感覚だ。山頂は雲がかかって見えない。山頂から海まで一直線のすごい谷が走っている。船内放送でオガサワラオオコウモリが谷筋を飛んでいるといっているが双眼鏡で捉えられない。山肌をカツオドリ(らしいの)が大量に飛んでいる。雲がかかって日が当たらない中、中腹の山肌を白い鳥が何羽かパタパタ飛んでいた。これがアカオネッタイチョウか!? 放送でも「中腹をアカオネッタイチョウが飛んでいます!」といっているので間違いないようだ。海に近い低いところを飛んでいるものと思っていたが、思いもかけない高いところを飛んでいる。山肌をどんどん上に上がっていく。5種目ゲット! しかし1キロ先の鳥を10倍双眼鏡(片目で20倍のスコープで見るより10倍でもスタビ付の双眼鏡の方がよく見える)で見るのは辛い! 「いるけどすごく遠い」と聞いてはいたが、これじゃ何もわからん!! 

高性能超望遠デジカメ軍団はここぞとばかりに連写を続けている。その画像をすぐに拡大しては細部を確認している(初めから肉眼で見ることを放棄している)。これこそデジカメの本領なのだ。その場で確認できて、時間が記録されるので人と画像を比較することが容易で、拡大することで肉眼では見えない部分までチェックできる。今回、未だにフィルムカメラを使っていたのは、私を含めて数人しかいなかった。

南硫黄島

2周目は900メートルまで島に近づいた。いつの間にか快晴となり、山頂の雲も吹き飛んだ。この距離と光ならと思い、白い鳥を凝視したがどうしても“赤尾”は見えなかった。Kさんたちデジカメ軍団のところに行くと、「シロアジサシ?!」とか話している。しまった! 予想もしていなかった珍鳥の出現にひとりだけ見損ねた! 皆連写した画像を拡大して確認をしている。結果シロアジサシしかありえないということになった。デジカメ軍団に遠慮して後ろで見ていたのが悔やまれると思っていたところ、白いやや小さめの鳥が2羽現われた。飛び方がネッタイチョウとは違う。ナイスリカバリー! 6種目シロアジサシをゲット! ・・・しかし、肉眼では2種とも識別不能、ゲットできたと言えるかどうか自問した・・・(Sさんに画像を見せてもらったら、黒い嘴と目までも写っていた。スゴイ!)

周遊中、7月に海底噴火があった“福徳岡の場”のすぐそばを通った。海水が変色して緑色になっている。昔、明神礁の爆発で調査船が行方不明になった時の緊迫したニュースが思い出され、南硫黄には近づけないのでは? と心配だったがたいした噴火ではなかったようだ。

不意に船内放送が「今、船の前方を白い鳥の群れが飛んでいます。・・・アカオネッタイチョウのようです。たいへん珍しいことです!」と叫んだ。見ると5羽ぐらいが近距離を飛んでいる。カメラをつかんで展望デッキに駆け上がった。しかし船橋が邪魔でよく見えない。結局豆粒のような写真が撮れただけに終わった。

朝一番で今ひとつ体が起きていなかったこともあり、なんかあっという間に2周終わってしまった感じだ。

だんだん摺鉢山が大きく見えてきた。硫黄島は南硫黄とは違い、低い火山が端っこにくっついた平坦な島だ。小笠原も含めて平坦な島はここ以外なく、戦時中は飛行場確保のため日米合わせて約3万人が戦死した大変な激戦地となった。今は自衛隊が管理を行っており、小笠原で急病人がでると硫黄島までヘリで運び、ここから自衛隊機で本土まで運ぶらしい。今年は小泉総理が60周年慰霊に訪れた。

硫黄島

硫黄島の摺鉢山

朝出迎えてくれたアカアシカツオドリ(足に何かついていて目印となった)が再び船に絡んできた。今度はバチバチ撮りまくったが、よく見ると足にぶら下がっていたのはビニール紐?!だった。

摺鉢山とはよく名付けたものだ。写真で見たことのあるラバウルの花吹山に似ている。島のあちこちから水蒸気が上がっている。場所によっては年に数十センチも隆起しているそうで、北海岸は波打際が段丘になっている。こんな島に穴を掘ってサウナのような環境の中で米軍を迎え撃った先輩方の苦闘に頭が下がる。父島在住の方が代表して献花を行い、1分間の黙祷の間おが丸は汽笛を鳴らしつづけた。

やや大きめの硫黄島は1周のみの周遊だ。何人かの人の姿や車や重機が動いているのが見える。島の北側の監獄岩の上にたくさんのクロアジサシがいる。しばらくすると、2羽、3羽と、断続的に船に近づいてきて並んで飛んでは追い抜いていった。Bデッキに降りて写しまくったが、オートフォーカスは海面にしかピントが合わなかった。目標のひとつであるヒメクロアジサシが混じっていないかかなり目を凝らしたが現われず、だんだん飽きてきたのでその後は島の撮影に集中した。

クロアジサシ

おが丸は最後の北硫黄島に船首を向けた。しばらくするとカツオドリが集まり始めた。中にはアカアシカツオドリの成鳥も混じっている。常に210羽ぐらいが入れ替わりながら同航してトビウオを狙っている。船に驚いて右に左にと海面から飛び出すトビウオを見つけると、翼を翻し海面に向かって急降下していく。数羽が同時に見つけると、位置的に不利な奴が「カッ、カッ、カッ、カッ!」と声を上げる。「俺の獲物だ!」とでも言っているようだ。空中で見事キャッチすると観客が拍手した。キャッチしても落としてしまう場合もある。トビウオが身をよじって攻撃をうまくかわす場合もある。続けざまに2羽目、3羽目が攻撃を続け、トビウオが着水すると翼をつぼめてダイビングして水中まで追いかける。見ていて全然飽きない。成功率はあまり高くないようだ。300ミリで真横からかなりシャッターを切ったが(超望遠しか用意していない人たちに羨ましがられた)、オートフォーカスの精度が悪くてなかなかピントが合わなかった。

カツオドリとアカアシカツオドリ

途中、1羽のアカアシカツオドリの成鳥がマストに止まり、この時ばかりは600ミリで撮りまくった。彼はマストから広く海面を見渡して右でも左でも突っ込もうと知恵を働かせたようだったが、出足でライバル達に遅れをとってしまい、結局この作戦は成功しなかった。

アカアシカツオドリ

頂上に雲をかぶった北硫黄島が近づいてきた。南硫黄に似た島だが、ほんの少しある台地の部分に戦前は村があったとのこと。とても信じられない。当時の人はこの島で毎日いったい何をして過ごしていたのだろうか。この島で見つけるべきはシラオネッタイチョウ。いつの間にか雲はなくなり条件は良好、Bデッキに座り双眼鏡でじっくり島中をなめるように捜索を始めた。

北硫黄島

すぐにアカオネッタイチョウが現われた。「今度こそ!」と凝視を続け、遂に赤い嘴と尾を確認することができた。満足感で思わず「見えた!」と声を上げた。そのうち中腹2ヶ所に白い鳥のコロニーが目に入った。合わせて数十羽いる。アカアシカツオドリと思われるが、確認のため皆のいるAデッキまで上がっていった。Kさんに話し掛けていたところ、S♀さんが叫んだ「$%^;*#*!」、続いて「今の忘れて!」。皆が緊張して低めのところを飛んでいた白い鳥に双眼鏡を向けた。・・・「シラオ!」多くの人が同時に声を上げた。白い長い尾をなびかせた鳥が風下の方に吹っ飛んでいった。シャッター音が鳴り響く。7種目をゲット! 拡大画像を見せてもらうと、双眼鏡では見えなかった背中側の黒い模様まで写っていた。

シラオネッタイチョウらしい

2周目、1周目にシラオが現われたのはこのあたりと皆が目を凝らしていた時、そいつが不意に船尾の上空を後ろに流れていくのが目に入った。慌てて双眼鏡を向け、今度は黒い模様も確認することができた。どうやら船の上を通過したらしい。展望デッキにいた人たちは真下から見れたに違いない。1周する間に、強風で周遊コースまで流されていたようだ。残念、またもやシャッターチャンスを逃してしまった。

父島への帰りは凪いできた。アナドリ、オナガミズナギドリ、カツオドリ、クロアジサシが遠くをパラパラという感じ。1羽の黒いアジサシが比較的近くを飛んだので双眼鏡で追ったが、頭が白くなくどうもクロアジサシっぽくない。「なんだ?」と思っていたところ、旅行会社Yの同行講師Iさんがこちらに走ってきて「今、後ろに飛んだのは何ですか?」と聞いてきた。s君が「セグロアジサシの幼鳥だと思いますが」。なるほどっ! 図鑑の写真が頭に浮かんだ。8種目をゲット! その後、鳥が群れているところで成鳥も3羽見ることができ、シャッターも切ることができた。

これで目標の“赤道小町”達のほとんどをクリアすることができた。出発前はこんなに見れるとは思っていなかった。赤白のネッタイチョウだけは何とかクリアしたいと考えていたが、見逃しなしでライフリストが8種も増えた。こうなるとほとんど写真が撮れていないことが残念になってくるから人の欲望には限りがない。Kさんは「○○も鳥を大きく写したくないの?」と設備更新をけしかけてくる。その後は、ははじま丸が通らない母島の東側を通過して父島に帰島した。

母島をバックに青らうむ氏

以下に、下船時に配布された「観察記録」の内容を紹介する。

5:30 雲の中の日の出、天候が心配されたが、2周目から快晴に! そびえ立つ南硫黄、カツオドリの若鳥の群れ。青空を背に船上を通過したアカオネッタイチョウ。すっかりおが丸が気に入ったアカアシカツオドリ若鳥の脚には異物が。上空をシロハラミズナギドリも通過した。島の岩肌、上昇気流の中にオガサワラオオコウモリ1羽。離れ際アナドリの群れ、海上には緑一線の変色海域。

9:00 海に横たわる硫黄島には人の姿。監獄岩上に無数のクロアジサシ、おが丸と伴走するものも。アカアシカツオドリが沖までついてくる。終戦から60年、激戦の浜に波が寄せる。時が止まったままの島に鎮魂の祈りを込め、黙祷と花を捧げる。

12:05 頂きの雲が吹き飛び、全容を現した北硫黄。崖や沢中を移動するアカオネッタイチョウ、枝に白い花が咲いたかのようなアカアシカツオドリ、船の上を流れていったシラオネッタイチョウ! アカアシカツオドリの成鳥がおが丸の周りで遊び、しばらくマストで休んでいった。

夕日の中の母島、一瞬姿を見せたのはセグロアジサシ?! 白く鮮やかに飛行機雲が伸びる。台風のはざまで実に幸運な、おだやかな船旅となった。

船上で風に吹かれている間は汗腺は締まっていたが、陸に降りたとたん汗が噴出した。

前日のビールが一気に体中から噴出す。民宿「がじゅまる」に行くと、今日の客はすべて硫黄列島クルーズ参加者で、明日は全員母島に向かうとのこと。「どうでしたか? 揺れませんでしたか?」と聞かれ「凪いでいて、すごくよかったですよ。」と答えると、奥さんは「私は釣り舟はいいけどおが丸だけはどうしても船酔いする。」とのこと。おが丸がダメだと本土にはほとんど行かないのかと訊こうかと思ったがやめにした。

すぐに水シャワーを浴びたが風呂場を出たとたん再び大汗。タオルを首にひとりで“南国酒場こも”に入ったがいつまでたっても汗が止まらない。生ビールを1杯飲み干し、やっと汗が止まった20分後、となりに座った関西弁Pさん(名前は聞かなかった)が話し掛けてきた。「それなんですか?」彼が指差したのは“島オクラのソテー”。東京で見るオクラの3倍も長いオバケオクラ(他に注文したのはカイワリの刺身、四角豆の天ぷら。今回はウミガメ料理はパス。)で、私も出されたのを見て驚いた。「ひとつ食います?」と分けてあげて話が始まった。

彼は23年の東京勤務の間にこっちの島を制覇しようという“離島マニア”だった(私も多少その気あり)。日本中の大きな島は大概行ったという。小笠原も昨年制覇したものの、今回“硫黄列島クルーズ”の文字を見て「これだ!」と思って申し込んだという。(半分以上)鳥屋向けの企画であることはつゆとも知らず、本日のデッキでの光景は「新しい世界を知った」とのこと(翌日、寿司屋でとなりに座った女の子も「そんな世界があったんだ!」という感想だった)。事情を知らずに参加した一般観光客が他にも10名前後いたようで、我々の一喜一憂に戸惑っていたとのこと。彼らは島を見て写真を撮ったら次の島まで引っ込んでいたが、デッキに張り付いたままの我々はなぞの集団に見えたことだろう。「シラオ!」とか声があがって皆が一斉にそちらを注視すると、ひとりだけ違う行動をとることができずに同じ方向を見ていたらしい。「明日のははじま丸も同じ光景ですよ、また明日。」と言って店を出た。

本日は衆議院選挙であったが、民宿の部屋にはテレビがなく確認する手段がない。6日に船1便の小笠原には新聞はないので、帰ってからのお楽しみにしよう。どうせうちの選挙区は平沢勝栄再選なのだろう。

912

ははじま丸の出港は730、乗船券は630から販売開始であったが、無事早めに目が覚めた。原油高の影響で割増料金となっていた。母島の宿がどこもとれなかったSさんは、今日は日帰りで父島に戻るとのこと。

ははじま丸の前で皆おにぎりなどをほおばっていたところ、Qさん(誰だったか忘れた)がころっと落としてしまった。Qさんさっと拾って「3秒ルール!」(懐かしい!)と叫んでそれを食べつづけた。これがs君に大うけで、「(3秒以内に拾ったら落としたことにならないなんて)意味がわからない!」とあきれていた。

海はますます凪いできて海鳥は期待薄の様子。(15年前の先代の船は波がなくても左右にローリングする船だったが)ははじま丸はすいすい進んでいく。出港直後はカツオドリが20ぐらいまとわりついてきたが、予想通り手持ち無沙汰。船室を探索すると、おが丸の自販機では160円だった缶コーヒーが140円だった。どうしてそうなるんだ?!

母島クジラ

船を降りてまたもや汗が噴出した。民宿「めぐろ」でシャワーを浴び、Kさん達が車で迎えに来てくれるのを待った。今度の車はスムーズなエンジン音で安心した。ふたりが泊まる集落から離れた所にあるバンガローの車で、このバンガロー(2棟のみ)は昨年御大Yさんが見つけて「いいところがあるんだよ」とKさんに教えてくれたところだそうだ。Yさんによると、今回先にKさんに車を取られてしまい「教えなきゃよかった〜」と思ったそうな。バンガローの所有者が別の車を用意してくれたので事なきを得たとのこと。ところがこのバンガロー、行ってみると荒れ放題でお湯も出ない、鍵が壊れている、Kさん達は驚いたそう。Yさんも「去年と全然雰囲気が違う」と愕然としていたとのこと。後から所有者に聞いたところでは、もう閉鎖することにしていたが、早々に予約をもらっていたのでこの日だけ開けたということだった。早朝は野生化したニワトリがやたらと鳴きながらバンガローの前に集まってきたそうだ。

まず、南崎方面にアカガシラカラスバトを求めて出発した。駐車場から徒歩で昨年見られたポイントに向かったが、上り下りが激しくてKさんとふたり大汗をかきながら休み休み進む。20代s君だけがどんどん先に進んでいく。15年前、民宿から南崎まで往復歩いて泳ぎに行ったことが自分で信じられなかった。オガサワラゼミを捕まえて写真を撮ったがハトは見つからず。続いて乳房山登山道に向かう。途中で水浴び場にたくさんのメグロが集まっているところを見つけたが、明るさが足りずいい写真は撮れなかった。へとへとになったところで、先ほどの南崎への駐車場付近でハトを見た人がいるとの情報が入り戻ることにした。30人ぐらいで現われるのを待っていたが、結局は日没まで見ることはできなかった。民宿で同室だったAさんは、歩いて南崎まで往復したが同じくダメだったとのこと。

オガサワラゼミ

蝶屋の後輩達にはオガサワラシジミの写真を撮ってきてくださいと言われていたが、父島を含めて昆虫が非常に少ない。蝶は父島でナミアゲア?!をひとつ見たのみ。外来種のアノールトカゲが手当たり次第に昆虫を食っているそうで、ハチなどの媒花昆虫まで食ってしまうため植物の結実にまで影響が出ているらしい。目に付く生物はアノールトカゲ、オオヒキガエル、アフリカマイマイと、外来種ばかりだ。“東洋のガラパゴス”なんてとんでもない。これで“世界遺産”登録なんて認めるべきではないと感じられる。

アフリカマイマイ

夜は、島で唯一まともに開いている寿司屋に行った。寿司屋といいながらメニューは何でもあり、弁当も請け負うらしい。親爺は無愛想で客が来ても声も掛けない。あとからKさん達がやってきたが、愛想の悪さにビビッていた。ふたりはマグロ丼をかき込んで早々に帰っていった。また商店では、賞味期限が切れたものが普通に置かれているようだ(今回父島で賞味期限切れの安売りコーナーは見かけた)。s君は前回「ここに届くまでに期限が切れるのだからしょうがない。」と開き直られたとのこと。やはりここは、“選ばれし者”のみが来る島のようだ。

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ハトはあきらめ、出港までの数時間ふたりとは別行動でメグロの撮影を目指した。民宿の裏ではメグロではなくウグイスが「ホー、ホケッ!」と間抜けな鳴き方をしている。パパイヤの実が破れてメグロが集まりそうな木をだいぶ探し回ったたがよいポイントが見つからなかった。前回たくさんいたカワラヒワも見かけない。仕方ないので、見事な月下美人の花(サボテンです)、バナナ、パパイヤ、アフリカマイマイなどを携帯電話のカメラで撮りまくった。メグロはあきらめ港の方に向かった。砂浜に下りて海水をなめてみた。多くの鳥屋さん達は、南の島に来ても泳ぐことはもちろん海水さえ触らずに帰るのだろうなぁ(そういう私も沖縄ではまだ泳いだことがない)。記念にキクメイシとノウサンゴのかけらを拾ってウエストバッグにしまいこんだ。

漁港の方に行ってみると、水槽にたくさんのアオウミガメの子ガメが入れてあった。甲羅や頭を触ってみると、硬いがツルツルしており陸上のカメとはだいぶ感触が違う。これも携帯で撮りまくった。鳥は子犬のように寄ってきた(魚を水揚げする時のおこぼれ狙いみたい)キョウジョシギ、芝生にいたムナグロ、いい声で鳴いていたイソヒヨドリを撮っただけに終わった。民宿を出る際にメグロを模ったピンをお土産にいただいたのはラッキーだった。Kさん達も今朝は収穫なしとのこと。父島への帰りも特に何も出ずじまい。

パパイヤ

メグロ

おが丸への乗り換え時間は1時間ぐらいしかない。乗船券を受け取り、荷物を置いてお土産買いに走った。またもや大汗をかきながら、スーパーと“薬局兼お土産屋”という不思議な店に入り、数のたくさんあるクッキー類(きっとおが丸が運んできたもの)、自分用にパッションフルーツシャーベット、1150円もする緑色のツルツルしたレモンを買って港に戻った。

見送りの様子

見送りのため追尾する船たち

航路はさらに凪いで気合が入らない。オオシロハラミズナギドリ、セグロミズナギドリがいたような話があったが、鳥の数自体が少ない。風を利用して飛ぶ彼らは、風の弱い海域からは離れていくようだ。一度オナガミズナギドリの大きな群れがいて騒然となった。「上の小さいの何?!」中空を飛ぶ3羽の鳥に皆注目した。シロハラトウゾクカモメとの声とセグロアジサシとの声があったが、写真判定の結果セグロアジサシに落ち着いた。

今夜も晴れてたくさんの星が出ているが、月が半月に成長して明るく、往路ほどの感動は味わえなかった。

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朝デッキに出てみると、昨日までいなかったオオミズナギドリがたくさん飛んでおり、自分の住む世界まで戻ってきたことを実感させられる。

ふと中空を大型の鳥が飛んでいるのに気付いた。「うえ、うえ!」と叫び、ぱっと立ち上がった。一目でわかるオオトウゾクカモメ、生涯2回目の出会いだ。Iさんが「オオトウゾクカモメ! 翼の白い模様も見えます!」と声をからして叫んだ。Iさんは船上では常に自社ツアー参加者のために鳥を探し、「アナドリ!、2時の方向!、近いですよ!」と叫び続けて相当お疲れの様子。

関西弁Pさんはおが丸の船内見学ツアー(230人ぐらい)に参加し、船橋の見学のため階段を上っていった。私も船が好きで、ホントは船橋から缶室・機械室まで見て回りたいのだが日中では不可能だ(他に鳥屋がいなけりゃできるけど)。

おが丸の復路は通常航路で、往路にアオツラカツオドリが出た海域は通らない。期待はしたもののここまでに運は使い果たしていたようでオオミズナギドリ以外は現われなかった。房総半島が近づいてきてアカエリヒレアシシギが増えてきた。ちょうど秋の渡りの季節のようだ。私はここで切り上げ、昼飯を初めて船内レストランでとり、昼寝しに船室に戻った。

今回天候に恵まれ、ライフリストを予想以上に追加することができた。目標としていたメグロの写真はまともなのが撮れず、海鳥の撮影もチャンスを逃し続け、アカガシラカラスバトをはずしてしまったことなど悔いもたくさんあるが、初回としては90点以上を得点できたと言えるだろう(3回目のKさんの満足度は60%とのこと)。昼寝から覚めてデッキに行くと、東京湾に入ってからもほとんどの人はまだがんばっていた。

芝浦に到着するとさすがに涼しかった(夜の天気予報では「今日は残暑が厳しかった」と言っていたが)。Kさんは早々に駅に向かったとのこと。M君の妹さんがいたのでお別れの挨拶をした。そのまま羽田に向かい、今日中には帰り着くそうだ。

家に帰り着くと、汚れ物の洗濯をし、14本のフィルムを現像に出しに行き、1週間伸びたひげを剃りアカを落として明日からの仕事に備えた。選挙はやはり平沢だった。

沖縄・八重山に行った後輩達にメールを送ると、台風の影響を受けたものの、台風通過後はヤンバルクイナが頻繁に現われ、ノグチゲラ、キンバト、アオツラカツオドリなど十分な成果があがったとのこと。高齢化が進む“バードウォッチング業界”の中で、彼らには今後も是非がんばってもらいたい。出発前にいくつか観察ポイントを伝えていたが、今度は逆に見れたポイントを教えてもらっている。

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写真もプリントがあがってきた。ネッタイチョウは証拠写真というところまでは写っていなかったものの、想い出用としては十分だ。旅行記の完成とともに、“旅のしおり”作成から始まった今回の長旅も今ようやく終わろうとしている。

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